神奈川新聞 平成18年10月16日 掲載 歯科コラム
たとえば口内炎ができたとします。あなたはお医者さんに行きますか、それとも歯医者さんに行きますか。
もし同じ治療内容だったとすると、お医者さんの初診料、再診料は高く、歯科のそれは安く設定されています。もちろん注射、採血も同じように医科と歯科では違っています。
七○一年の大宝律令の時から明治の半ばまで長い間、歯科は眼科や耳鼻科と並んで医科の中に含まれていました。それから後、歯科は独自に発展し、医科との差が広がって近年に至っています。
しかし、高齢化社会が到来して、今ほど医科と歯科が接近している時代はありません。内科でも外科でも、整形外科でも多くの病気を持った人を対象にすることがほとんどです。
歯科も同じで、歯だけを治していればいい時代は終わりました。有病者や高齢者が多いため体全体のこと、のんでいる薬のことを考えながら治療に臨まなければなりません。
ところで数年前、市立札幌病院でこんな事件がありました。歯科医院においても患者さんの状態が急変して気道確保などの救急処置を必要とする事態が起こるときがあります。また首から上の手術(例えば口腔癌や骨折)では全身麻酔が必要となります。そのために市立札幌病院救急救命センターで歯科医師が研修に励んでいたのですが、検察当局はその研修自体を医師法違反として、センターの責任者である医師を訴え、一審有罪となりました。こうした状況は、医科と歯科をはっきりと分ける法律の考え方に基づいているのです。
歯科医院で治療中に患者さんが重篤な状態におちいったとき、これ以上は医科の分野だからといってバンザイをして救急車を待っていればいいのでしょうか。一刻を争うときにできる限りのことをするのが医療人の責務だと思うのですが。
人間の体をパーツ、パーツに分けて最良の治療を施すのも重要ですが、常に体全体のこと、さらに患者さんの背景にある家族や社会のことまでも頭に入れて治療に当たるのが医療だと思います。
血管でも神経でもすべてつながっている人間の体を、ここからは医科、ここからは歯科と分離して考えていくと、治るものも治らなくなってしまうような気がするのですが、はてさて法律とはなんとも難しいものです。
<隔週掲載>
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